【ハバナ】長期にわたりキューバの指導者であったフィデル・カストロ前国家評議会議長が死去した。故カストロ氏の弟であであるラウル・カストロ現議長が金曜日の夜遅く発表した。

「コマンダンテ」と呼ばれたフィデル・カストロ氏はスポーツを強く推進し、1961年にはキューバ国内のスポーツを統括する「Institute of Sport, Physical Education and Recreation (INDER) 」を設立し、「スポーツは誰もがもつ権利」として国の文化にスポーツを取り入れた。11年後の1972年ミュンヘン・オリンピックではキューバが初めてのオリンピック金メダルを獲得した。

カストロ氏の残した野球の遺産

カストロ政権の元、キューバ野球は世界有数の選手を育て上げるなど、世界へと大きく発展していった。キューバの人口は現在1100万人ほどだが、オリンピックやパンアメリカン競技会の野球大会でも、ベースボールワールドカップでもほかの国より多く優勝を果たしている。

キューバの野球代表チームの世界舞台での成功は60年以上にも及び、野球はキューバにとって最も人気のあるスポーツであり、国の文化として深く根付いた。

カストロ氏の息子であるアントニオ・カストロ氏は現在キューバ野球連盟の理事やWBSC野球部門の執行委員の一人であり、WBSC野球グローバルアンバサダーとしても活躍している。

WBSCのリッカルド・フラッカーリ会長は、キューバの指導者の逝去の悲報を受け、ご遺族に哀悼の言葉を送った。