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【ボツワナ・ハボローネ】連盟設立に貢献した人々に贈る最高名誉賞である「 Collar of Honour」がWBSCフラッカーリ会長よりドン・ポーター氏に授与された。ドン・ポーター氏はWBSCの前身となる国際ソフトボール連盟(ISF)の会長を務め、IBAF(国際野球連盟)と統合してWBSCが設立され2014年5月の総選挙が行われるまでフラッカーリ会長とともにWBSC会長を務めた。

ドン・ポーター氏は、同氏の後継者としてWBSCソフトボール部門会長を務めたデール・マックマン氏よりWBSC総会にて壇上で紹介された。

受賞スピーチにてマックマン氏はドン・ポーター氏の国際ソフトボールへの貢献を称えるとともに「ドンと会うときは彼との朝食に遅れてはいけなかった。しかも朝食時間は早朝の6時か6時半だった」と同氏のそのリーダーとしての当時の厳しい仕事ぶりを披露した。

左から、デール・マックマン氏、ドン・ポーター氏、リッカルド・フラッカーリ会長(Monirul Bhuiyan-WBSC)

ドン・ポーター氏は「この賞をいただけて本当に光栄です。今日の出席者みなさんに感謝するとともに今は亡くなってしまった人々のことを懐かしく思い出します。」と挨拶した。2009年にネルソン・マンデラ氏と会った時の思い出に触れ、「オリンピック復帰は難しいと彼に打ち明けたところ、あきらめるな、私はあきらめなかったぞと叱咤されました。」と語った。

またさらには「アトランタ・ブレーブスとドジャーズの試合の始球式を頼まれたことがあったが、球が三回もバウンドしてしまい、キャッチャーに野球は向いてないからソフトボールを続けたほうが無難だな、と言われました」といったエピソードも披露した。

ドン・ポーター氏はは1931年生まれ。1963年にアマチュア・ソフトボール協会の会長に就任、1965年にはISFの事務局長となった。1987年にISFの会長に選出、2013年まで同連盟を牽引した。アメリカ・オリンピック委員会 (USOC; 1984-1988)、スポーツ・アコード (GAISF) などの委員をつとめたほか、ワールドゲームズを設立した。さらに国内フットボールリーグ(NFL)のレフリー (1976-1979) でもあった。2017年5月には著書「Inclusion/Exclusion: Softball’s Olympic Odyssey」を出版。